物理の教科書っぽく学ぶ囲碁のルール(日本ルール)

要請I ゲームの見た目


[i] 盤

多くの場合,19×19の361個のサイトを持つ二次元長方格子のことをいう.

[ii] 着手

まだ石が置かれていないサイト(以後「空点」と呼ぶ)1つに黒または白の石を1つおくことを着手という.

[iii] 対局

「地」(要請2にて記述)の多少を争うことを目的として,競技開始から「終局」(要請I-vi)までの間着手することを「対局」という.

[iv] プレイヤー

ゲームは二人のプレイヤーによって行われる.プレイヤーは対局中,「黒石の着手」のみを行うプレイヤーと「白石の着手」のみを行うプレイヤーに分かれる.どちらの種別のプレイヤーも少なくとも一人存在しなければならない.

[v] 着手の順序

プレイヤーは「黒石の着手のみを行うプレイヤー」からスタートして,後述の終局まで交互に「着手する」か「そのターンの着手の権利を放棄する」のどちらかを行う.

[vi] 終局

「着手の権利の放棄」が二回連続で行われた時対局は停止され,要請IIによって記述される死活確認と地の確認を行い,それに合意することで対局は終了する.対局の停止後,一方が対局の再開を要請した場合は,相手方は先に着手を行う権利を有し,これに応じなければならない.

 

要請II ゲームの内容


[i] 石の状態

「対局の停止」前には,盤に置かれた石には「取られる石」と「取られない石」の二つの状態が存在する.「取られない石」とは,「隣接する同色の石」を同値関係として同値類を構成した時に,同値類のうちの少なくとも一つの石が隣接するサイトに空点を有しているような同値類に属する石のことをいい,「取られる石」とは「取られない石」でない石のことを言う.

[ii] 着手の処理

着手が行われた後,以下の処理を持って着手の完了とする.

1. 着手された場合に着手された色でない色の石が「取られる石」となった場合,「取られる石」を全て取り除き,取り除いた石は着手したプレーヤーが保存する.ここで取られた石を「ハマ」あるいは「アゲハマ」と言う.

2. ハマを取り除いた後,着手した石が「取られる石」となっていないことを確認する.着手した石が「取られる石」となるような手である場合,着手は無効となりハマも元に戻す.

3. 着手後の盤の状態が着手した石と同じ色の石の1つ前の着手の後の盤の状態と同じ(以後この状態となる形を「劫」と言う)でないことを確認する.

[iii] 死活

「対局の停止」後では盤に置かれた石には「活き石」と「死に石」の二つの状態が存在する.いかなる相手方からの着手によっても取られない,又は取られても新たに相手方に取られない石を生じうることをお互いに合意した石は「活き石」という.活き石以外の石は「死に石」という.

[iv] 死活判定

対局の停止後に死活を判定する際,同一の劫を取り返す(後述)際には着手を一度放棄しなければならない.

[v] 地

対局の停止後に盤上の空点の集合に対して,「隣接している」を同値関係して同値類を構築した時,同値類に含まれる全ての空点がどちらか一方の活きている石およびその反対色の死んでいる石のみと隣接している時,その同値類に属する空点はその色の「目」であると言う.活き石の中で,目でない空点(「駄目」と呼ぶ)を隣接するサイトに有するものを含む(同色の隣接する石に対して定義される)同値類に属する石を「セキ石」と呼び,セキ石でない活き石の集合に対して同様に定義される目を「地」と呼ぶ.囲碁は,この地の数の大小を競うゲームである.

[vi] 地の計算

対局の停止後,死活を確認して同意した後,地の中に含まれるサイト上にある死に石はハマとして取り上げる.これによって改めて計算されるお互いの地の数と有するハマの数の合計に,白に対してはさらに6.5を加え,その値が大きい方が勝者となる.

[vii] そのほかの対局終了の方法

1. 対局の途中でも,自らの負けを申し出て対局を終えることができる.これを「投了」という.その相手方を「中押勝」という.

2. 対局中に同一局面反復の状態を生じた場合において,双方が同意した時は無勝負とする.

3. 対局停止後,対局者が有効な着手を発見し,その着手が勝敗にかかわるため終局に合意できない場合には両負けとする.

4. 対局中に盤上の石が移動し,かつ対局が進行した場合は,移動した石を元の着点に戻して続行する.この場合において対局者が合意できない場合は,両負けとする.

5. 一方が以上の規則に反した場合は,双方が勝敗を確認する前であれば,その時点で負けとなる.

 

 

 

この記事は物工/計数 Advent Calendar 2023の15日目の記事です.


囲碁の紹介と下準備

 

 囲碁(Go)というゲームをご存知だろうか.古くから伝わる伝統的なボードゲームであり,「ヒカルの碁」をはじめとして多くの物語の題材となったり,大河ドラマなどで物語に華を添える要素となったりと実際にルールを知らなくともその存在はなんとなく知っているという人が多いのではなかろうか.本記事で解説するのは,その囲碁のルールである.

 一つ注意しておいて欲しいのが,この記事は全くのネタ記事であるということである.この記事で解説される囲碁のルールは「どのような状況であっても定義される」ものを目指すもので,ゲームとしての囲碁の本質ではない,ある意味で実用的でないような部分も含まれる.もしあなたが全くの囲碁の初心者で万が一この記事で囲碁のルールを勉強しようと思っているなら,その点を理解しておいてほしい.

1.1 「囲碁」というゲームに抱きがちなイメージ

 囲碁は古くから遊ばれてきたゲームで,「なんか古くておじさんがやってそう」「難しそう」といったイメージを持つ人が多い.しかし,その本当の姿は非常にシンプルで,それでありながら奥が深く誰でも楽しめるものである.本記事で触れるのは囲碁の基本的なルールのみでその本当の面白さを伝えるところまではいけないのが残念なところであるが,ぜひこれを機会に「囲碁の世界」に触れてみてほしい.

 

1.2 今囲碁を学ぶ意義

 現在,囲碁を遊ぶ人間の数は単調に減少している.プロの公式棋戦からは次々にスポンサーが引退し,アマチュアの大会も減少している.しかし,そんな中でもいまだに囲碁は日本だけでも約130万人*1に上る.また,囲碁は日本文化に深く根ざしており,正倉院には碁盤(木画紫檀棊局)が保存されており,源氏物語でも囲碁を打つシーンが描かれているなど,囲碁を知ることは日本文化への理解を深める助けとなるのは間違いないだろう.囲碁はその歴史から,学んだり遊んだりするための手段が豊富に用意されている.今特に趣味がないのであれば,囲碁を初めてみるのも良いのではないか.

 

1.3 囲碁のルールの様々な流儀

 囲碁では,数学の公理に相当する出発点の「要請」(「ルール」とも呼ばれる)の表現をある程度変えても,ほとんど同じ内容のゲームが得られる.そのため,ルールを説明した人によって言い回しや教え方や順番などが異なるということはよくある.

 囲碁のルールを教える動画や文章は世の中に数多く存在しているが,多くは「囲碁を遊ぶための説明」といった側面が強く,「何がルールとして与えられていて,何がルールから導かれるものなのか」が曖昧になっていることが多い.その結果,「ルール」と「戦略」(ナカデなど)が一緒くたになって教えられることになるのだ.例えば,「石の生き死に」を説明する際に,

よくある「2眼」の図

このような形を出してきて「こんな感じで二つ『眼』がある形のことを『活きている』っていうんだよ」といった説明をして,聞いている方もナルホドこれは取ることができないなあと何となく納得したように感じてしまうのである.これは,「取られる」というルールから導かれる「原理上とられない石」というものと,「活きている石」を混同した説明で,「わかりやすさ・遊びやすさ」を重視した説明であると言えるだろう.ただ,これは別に全く悪いことではなく,その二つを厳密に区別すること自体には囲碁をプレイする上で大した意味はないと言える(むしろ囲碁をプレイするための最良の近道であるのかもしれない).しかし,そういった曖昧なルールに対する姿勢が「石の生き死にがよくわからない」「終局ができない」という初心者特有の悩みを生むきっかけともなっているということもできるのではないだろうか.この悩みはルールを明確にしたところで消えるものではないだろう(それどころか,おそらく本記事のルール説明は全くの初心者にとっては不向きとも言えるだろう!)が,もしそういった経験から何となく囲碁がよくわからないものだと思われてしまうことがあるとすればそれは非常に残念なことであるので,囲碁のルールというのは少なくとも囲碁を始めたての方が習うようなものよりは明確にできるものであるということをお伝えしたいと思い,この記事を書くまでに至ったのである.(もしこの記事を読んで囲碁のルールが理解できなかったとしても諦めないでほしい.この記事はあくまで「囲碁のルールを可能な限り明確にする」という点に主眼をおいて作成されているため,初学者にとっては多少わかりづらかったり回りくどかったりする説明が含まれている.世の中にはもっと「わかりやすい」ルール説明はたくさんあるので,一度そちらをみて,囲碁を少し遊んでみてからこの記事に戻ってきてみてほしい.その時きっと,この記事が伝えたかったことが理解できるだろう.)

 本記事では,日本囲碁規約(https://www.nihonkiin.or.jp/match/kiyaku/zenbun.html

を元とし,囲碁というゲームがどのようにして構築されているのかをできる限り多くの場合に対して説明できるようなやり方で解説することを試みる.囲碁をそれなりにプレイしている人*2でも,ほとんどの人は「石の生き死に」を理解しているのではなく,何となく活きているか死んでいるかを知っているだけだと思う.そういった人には,ぜひ本記事や,日本囲碁規約を一度読んでみてほしい.何気なくプレイしている囲碁というゲームの陰に潜む論理的構造に,心を打たれる人は少なくないと思う.

 

1.4 用語や記号に関する注意

 この記事は,基本的に日本囲碁規約をベースとして作られている.が,説明や表現の都合上変更した部分もあるため,必ずしも完全に一致しているとは限らない.また,日本囲碁規約が巷で一般にプレイされている囲碁のルールと一致しているとも限らない.例えば,単純な話囲碁は19路盤に限らず様々な大きさ・形の碁盤でプレイされている.もしこれを読んで囲碁をプレイしてみようと考える人や,これを読んで「自分のプレイしているものと違うではないか」と思った人は,自分がプレイする場での囲碁のルールをルールを確認してみて欲しい.何にしても重要なのは,「囲碁をプレイするプレイヤー間での合意が取れていること」である.逆に,プレイヤー間での合意が取れているならば,どんなルールでプレイしても問題ないということだ.ゲームとは本来自由なもので,(囲碁の歴史を紐どいてみてもわかることだが)その自由さがここまで長くプレイされ続けてきた理由の一つなのだと思う.

 また,この記事は清水明先生の「熱力学の基礎」をパロディして書かれたものである.筆者の友人のY氏によれば,囲碁はIsing模型みたいらしいので,2023年中に出るはずの「統計力学の基礎」の代わりとでも思って読んでいただけると幸いである.

 

 


「要請」を理解するための事項

 さて,鋭い読者であればこの記事の最初にこの記事の根幹となる囲碁の「要請」が書いてあることに気づいただろう.ここではそれを理解するために必要な囲碁に関する最低限の知識について述べていく.

2.1 盤を見る

 囲碁の盤は19×19の361個のサイトを持つ二次元長方格子であることは要請1-[i]で述べた.

一般的な碁盤

一般的にはこのような形式の碁盤で行われる.一見すると正方格子に見えるかもしれないが,よく見ると長方格子である(たてが少し長い).ここでのサイトとは線の交点のことをいい,交点の上に石を置いていく.

囲碁をプレイする様子
2.2 同値類

 要請の中でこの単語は見たことがないという人もいるかもしれないので,軽く解説しておく.集合Sの元から二つを取ってきたときに定義される関係を2項関係という.集合Sの二つの元(x,y)が2項関係Rを満たすとき,以下のように表記する.ここで(x,y)は順序対となっていることに注意((x,y)と(y,x)は違うということ).

 xRy := (x,y) \in R

2項関係(以下Rと表記)には,以下のような性質を満たすようなものがある.

  • 反射律  \forall x \in S, xRx.
  • 推移律  xRy,yRz \implies xRz.
  • 対称律  xRy \implies yRx.
  • 反対称律  xRy,yRx \implies x=y.

 さて,同値関係とは,この内反射律と推移律と対称律を満たすもののことである.この同値関係を満たす元の集合を考えると,Sはいくつかの部分集合に分割される.この部分集合を同値類と呼ぶのであった.

 イメージとしては,小学校の時の仲良しグループを思い出すといい.クラスメンバーの集合Sに対して,「割と仲良し」という同値関係(クラスのみんなは裏表がなく,推移律や対称律は成り立っているものとする!)を考えると,クラスはいくつかの仲良しグループに分割される.ここで,一匹狼であったとしてもそれは元が一つの同値類といえることに注意しよう.

 つまり,同値類は集合の元をいくつかのグループに「まとめる」ものと理解してもらってここでは構わない.


囲碁の要請

3.1 要請I ゲームの見た目

 要請Iは,囲碁というゲームがどのような流れでプレイされるか,ということを説明しただけのものである.基本的に囲碁は黒石を持ったプレイヤーと白石を持ったプレイヤーが交互に石を置いていくゲーム,ということがわかっていればひとまず十分であろう.

 一つ注意しなければならないのが終局の作法である.将棋であれば王将が逃げられなくなった時点(正確には相手が投了するしかなくなり,投了した時点)で終局,オセロならお互い打てるところがなくなった時点というように多くのゲームでは終局には絶対的な基準が存在し,片方がごねてゲームが終わらない,ということは滅多とない.しかし,囲碁というゲームにおいては,双方が自らの意思で着手の権利を放棄(パス)した上で,終局することに合意しなければ対局が終了しないのである.これは昔から初学者や教育者,プログラマーなどを長く苦しめてきた問題で,第1章で述べた「囲碁のルールを正しく理解するには囲碁をある程度打てることが必要」と言われる原因となる部分である.この問題をクリアするために今まで様々な試み(「純碁」など)が行われてきたが,いずれも囲碁のゲーム性を少し変えてしまったり,ゲームのスピード感を損なったりと完璧な解決策とは言い難い.本記事で紹介するルールは,「いつ終局してもゲームとして成立させることができるルール体系」となっているが,ここから「一般的に『終局』と思われるタイミング」を見極めるためには「お互いが自らの地を最大化したタイミング」を見分けられるようになる必要がある,ということを記しておく.

 

3.2 要請II-[i] 石の状態

 よく囲碁を「囲んだら取れるゲーム」と思っている人がいる.これ自体はそれほど間違っていないのだが,正確ではない.では,どのような状態を作れば石を取れるのだろうか.

 要請II-[i]では,「取られない石」の補集合として「取られる石」を定義している.取られない石の定義は以下であった.

「隣接する同色の石」を同値関係として同値類を構成した時に,同値類のうちの少なくとも一つの石が隣接するサイトに空点を有しているような同値類に属する石

この否定をとると,

「隣接する同色の石」を同値関係として同値類を構成した時に,同値類に属する全ての石が隣接するサイトに空点を有していないような

となる.例えば,「取られる石」には以下のようなものがある.

白石は全て取られる石

上の図の白石は全て「取られる石」である.定義を満たしている(「取られない石」の定義を満たしていない)ことを確認して欲しい.逆に,

黒石は全て取られない石

上図の黒石は全て取られない石である.ここで一つ大事なのは,「いずれ取られるだろう」といったことは石を取り上げるか取り上げないかに全く関係がないということである.後述するが,「いずれ取られる」という概念が意味を持つのは「対局の停止」後の話なのである.

 

3.3 要請II-[ii] 着手の処理

 まず,[ii]-1では着手した後に「取られる石」を盤上から取り除くことを説明している.

着手前

これが,

着手後処理前の形.白石が「取られる石」であることを確認してほしい

着手後は上図のようになり,白石が「取られる石」となっているので要請II-[ii]-2によって

着手処理後

こうなる.取り上げられた白石は黒のプレイヤーによって保存される.(要請II-[vi]によって黒のポイントとなる)

 では,次のような形を考えてみよう.

真ん中の空点に黒石を着手した場合を考える.

要請I-[i]より,白石全てと真ん中の着手した黒石は「取られる石」となっている.要請II-[ii]-1より,着手した色でない色である白石の取られる石はハマとして取り上げられる.すると下図のようになる.

すると,黒石は「取られない石」となっているので,これは有効な着手であることがわかる.

 次に,このような形を考えてみよう.

この白の内部に黒石を着手することを考える.

これによって取られる石となる白石は存在しない.要請II-[ii]-2より,着手した黒石が「取られる石」となっているためこの着手は無効となる.

 

3.4 要請II-[ii]-3 劫

要請II-[ii]-3では,同型反復について言及している.囲碁では,基本的に石の数が増加するため同型が出現することはそこまで多くはない.しかし,一つだけあまりにも多く出現する同型反復の形が存在するため,その対策として要請II-[ii]-3

着手後の盤の状態が着手した石と同じ色の石の1つ前の着手の後の盤の状態と同じ(以後この状態となる形を「劫」と言う)でないことを確認する.

が存在するのである.それはどんな形だろうか.

 n手目(nは奇数)に黒が着手した点を G_n とし,その時の黒の石の数を B_n ,白の石の数を W_n とする.n+1手目の白の着手 G_{n+1} によって取られる黒石の数をb,n+2手目の黒の着手 G_{n+2} によって取られる白石の数をwとすると,同型であることから B_n = B_{n+1} なので

 \displaystyle B_n + 1 - b = B_{n+1} = B_n
よって,b=1であることがわかる.同様の議論からw=1であることもわかり,劫とは「お互いに一つの石を取り上げ合う形」であることまで分かった.また,同型の仮定から G_{n+1} には石がないことがわかるので,黒が取り上げる石は G_{n+1} であることがわかる.ここからその条件に当てはまる形を探すと,例えば以下のようなものが見つかる.

「劫」の代表的な形

 

この形が上述の条件を満たすことを確かめてみてほしい.この時,白にとっても同様に同型反復の可能性があることもわかる.
 同型反復を避けるには,石を取り返さずに別のところに打つしかない.黒白がお互いに別のところに打てば,次の着手時には同型は崩れているので,劫を取り返すことができる.上図で白が同型反復を避けるために別のところに打った時,黒が下図のように打てば同型反復はこれ以上(この部分においては)起こらなくなる.

これを「(黒が)劫を解消する」という.囲碁ではしばしばどちらが劫を解消するかが勝敗の分かれ目となる時があり,非常に重要な形となっている,
 劫の同型を避けるために別のところに打つことを「コウダテを立てる」という(正確には,劫を取り返すために相手が劫を解消せず別のところに打たなくてはならなくなるようなところに打つことをいう).
 
3.5 要請II-[iii],[iv] 死活

 まずはよくある「活き」の形からみていこう.

よくある「活き」の図

 

これは3.3でも少し述べたように,黒がいかなる着手を以てしても白石を「取られる石」とすることができないので,「活きている石」となる.ここで重要なのは,二つの部屋が内部にできていることである(かなり大雑把な説明であるので,後の練習問題を通じて理解を深めてほしい).二つ以上の部屋がある石を「取られる石」にするためには,自身に少なくとも二つの(互いに隣接する同色の石を介して接していない)「取られる石」が必要となるが,要請II-[iii]-2からこれは不可能である.

 このような形はどうだろうか.

この黒石が「活きている石」であることを説明するには,いかなる白の着手を以てしても黒石を「取られる石」にできないことを説明すれば良い.黒を「取られる石」にするにはとにかく隣接する空点を埋めないといけないのだから,黒石に隣接する空点である真ん中の4つに白が着手した場合のみを考えれば良いだろう.ではまず右端から考えてみよう.

実はこれに対して黒はパスをしても取られないのだが,わかりやすく次のように打ってみよう.

こうすると,次に白から黒の空点を埋める手がないことが理解できるだろう.では次に右から2番目だ.

今度は黒がパスをしてしまうと,白が正しい手を打ってくると最終的に黒は「取られる石」となってしまう(考えてみよ).それを防ぐためには次のように打てば良いだろう.

これも先ほどと同様に白からこれ以上空点を埋めることができないことがわかるだろう.他2点についても同様の議論から黒が取られえないことがわかるので,黒が「活きている石」であることがこれで確認できた.

 ではこの形はどうだろう.

この黒石は「活きている」だろうか.やはり同様に白からの着手によって黒が取られえるかどうかをみていけば良い.例えば次のような着手を考えよう.

次に白に残り一つの空点に打たれると「取られる石」となってしまう.しかし,逆に今その空点に打てば白を先に「取られる石」とできる.やってみよう.

白を取り上げ,後一手で取られてしまう状況は脱することができた.しかし,

例えばここに打たれると,再び取られる石となるまで後一歩の状態になってしまう.

白石をとっても,この形は空点が一つしかないので

結局全て「取られる石」となって取られてしまう.ここまで黒側に変化の余地がなかったことを確認してみてほしい.つまり,この黒石は「活きている石」の条件を満たしていない,「死んでいる石」となってしまっているのだ.

 一つ注意して欲しいのが,「活きている・死んでいる」と「取られる・取られない」は別の概念であるということである.「取られる・取られない」は対局中の着手後に判定されるべき概念であり,対して「活きている・死んでいる」は対局の停止後に初めて判定されるべき概念である.対局中にも擬似的に「活きている・死んでいる」を判別することは可能であるが,これは対局の停止が(どのような局面であっても)パスの連続で発生するため「ここでパスが連続して対局が終了したらどうなるか」を考えることができるというだけである.

 次に,おそらくこの記事で最も難しい(書くのに苦労した)部分である要請II-[iv]の「死活判定」について説明していく.3.4節で要請II-[ii]-3が「劫」と呼ばれる形となることを説明したが,死活判定においてはこの形を違った方法で処理することが求められる.

劫の形(再掲)

この形で,すでに黒が白の石を取っている場合にそのあとで白が黒の石を取り返すことを「劫を取り返す」というのであった.対局中においては,劫を取り返すためにはコウダテを立てればよかったが,死活判定においてはコウダテを立てたか,つまり二手前の形が劫を取り返した場合の形と異なるかどうかに関わらず,「劫を取り返すという着手を放棄」することを一度行う必要がある.具体的な例を用いて説明しよう.

このような形を考えた時,黒白の生き死にはどうなっているだろうか.結論から言うと,この黒と△の白は両方死んでいる石である.順番に確認していこう.

 まず,△の白石が死に石であることは非常に簡単である.白石の隣に打ってしまえば白石は「取られる石」となり,

この黒がこれ以上取られないのは確認してもらえるだろう.よって,白は「活きている石」の定義を満たさないので「死んでいる石」となる.では黒石はどうだろうか.

白が劫を取ったことを考える.この劫を取り返す行為は,終局がパスパスで終了している以上ルールに違反し得ない.要請から,この劫を取り返すには一度この劫について着手を放棄するしかないが,黒が着手を放棄すると

当然取られてしまう.他の着手によっても黒が取られることが簡単に確認できるので,黒も「死んでいる石」となることがわかる.ここで,外の白が「活きている石」であろうと,この黒や△の白がある部分はどちらの地でもないのでどちらかに死に石が取り上げられることはないことを確認してほしい.

 さて,では次のような形はどうだろうか.

△の白石が死に石であることは前回同様に確認できるが,黒石に関しては異なる.同様に白が劫を取った時のことを考えよう(他の手で黒を取ることはできないことは確認してほしい).

やはり劫を取り返すには黒は一度劫を取り返す着手を放棄するしかない.白が続けて黒を取るためには,例えば次の手があるだろう.

黒はこの劫について一度着手を放棄しているので,劫を取り返すことができて,

今度は白がこの劫を取り返す着手を放棄しなければならないので,白がパスをすると

黒が白を取ることができる.この石が「活きている石」の定義を満たすことは容易に確認でき,白の他の着手によっても黒がこの定義を満たすことがわかるので黒が「活きている石」であることが確認できる.

 この「劫を取り返す着手を放棄する」というルールについてもう少し解説する.これは,「いくつかの劫が同時に存在したり,無限のコウダテが存在する」といった場合でも同様に石の生き死にが定義できることを目指したものである.例えば次のような場合がある.

ここで,上部分の(外側の黒石によって囲まれている)黒石と白石の両方が「活きている石」であることを確認して欲しい.ここで,上側の部分について,黒から打っても白から打っても無限のコウダテとなっていることがわかる.つまり,先ほどの形で最後白が劫を取り返す着手を放棄せざるを得なくなった場面で,

一度上側の劫を取り,

黒がそれに対応してもう一つの劫を取ったら,対局中の着手に関する要請からは下側の劫を取り返すことを禁止することはできないが,対局の停止後の死活判定においてはこの劫を取り返す着手を放棄しなければならないため結局下側の劫をこの時点で取り返すことはできず,黒が白石を取り上げることができるのである.

 このように,このルールは周りの状況に関わらず石の生き死にが定義できるところに主眼がある.

 一つ死活判定をする上で重要なのは,「お互いが合意している」ということである.基本的に石の生き死にに限らずほとんどのことは合意があればよく,合意が得られなかったときに出てくるのがこうしたルールなのである.だから,もしあなたが終局を迎えた時に,あなたの石が(本当は活きているはずなのに)死んでいる,と相手が主張した時に初めて,「では私の石を(新たな取られない石が発生しないように)取ってみてください,死んでいるならばそのような手があるはずです」と言えば良いのだ.

 このルールは囲碁のルールで最も難しい部分であるため,いくつか練習問題を挙げておく.余裕がある人は取り組んでみるといいだろう.最後の方の問題はかなり難しいため,わからなかったとしても問題はない.

 

練習問題1.

次の黒石と△の白石は活きている石か,死んでいる石か.

練習問題2.

次の黒石と△の白石は活きている石か,死んでいる石か.

練習問題3.

次の黒石と△の白石は活きている石か,死んでいる石か.

 

3.5 要請II-[v],[vi] 地

 さて,石の生き死にさえ乗り越えてしまえばあとはそこまで難しいものではない.

  「囲碁は陣取りゲームである」という説明は囲碁のルールを説明する際におそらく最もよく使われる表現で,これは囲碁の本質と言ってもいい表現だろう.その囲碁の大目的である「陣地」が,ここでの地である.

 要請では色々とややこしく書かれているが,つまるところは「活きている石で囲んだところは地」ということである.例えば,次のような盤面を考えよう.この時点でのアゲハマは互いに0個である.

対局例

ここで白と黒が互いにパスした場合の処理を見ていく.まず死に石を判断する必要がある.死に石を以下の△の石で合意したとしよう(ここで納得がいかなければ色々試してみると良いだろう.相手のいかなる着手によっても取られないか取られない石を生じるような手順が見つかるならその時は活きている石となるだろうが,今回の対局者はお互いに見つけられなかったのだ).

これを取り上げよう.

これで死に石はなくなり,アゲハマはお互いに1個となった.

 では次に地を数えていく.

黒い四角が黒の地,白い四角が白の地である.これを数えると,黒152目(囲碁では慣習的に地を「目」という単位で数える.読み方は「もく」),白122目である.これにアゲハマを足し,白に6.5を足して結果黒153目と白128.5目となり,黒の23.5目勝ちとなる.これを毎回数えるのは大変だと思うかもしれないが,ネット対局では大抵自動集計されるし,対面の対局でも「整地」と呼ばれる方法でわかりやすく局面を等積変形して数えられる(そうしなければ必ず何度も地を数え直すことになりトラブルとなる)ので慣れれば対して苦ではない.

 さて,活きている石の中に「セキ石」という概念があることが要請の中で述べられている.これはただ単に「地でない空点がある活き石」というだけで一見ただどちらの地でもない空点を埋め忘れて終局してしまった場合のことに見えるが,そうではなくどうしてもそうせざるを得ない場合がある.例えば以下のような状態を考えよう.

セキの形の一例

この内部の黒と白が活きている石であることは確認できる.しかし,このまま黒からも白からも手を出せないことがわかるだろう.手を出したほうが石を取られてしまって損をする.つまり,お互い最善(地の最大化)のためにこのまま終局する他ないのだ.

 先ほどの例ではセキ石を含んで囲まれている目はなかったが,以下のような場合にはそのような目が存在する.

目があるセキの例

この場合の黒四角と白四角はそれぞれ黒,白の目だが,それを囲んでいる石がセキ石であるため地とはならない.

 余談だが,囲碁では空点のことを「駄目」ということが多い.対局中,石に隣接する空点を「駄目」という(相手に石を置かれると自分の石が取られてしまう場所の数をさしていうことが多い).また,対局の停止後にどちらの地でもないような点も「駄目」という.

 3.6 要請II-[vii] その他の対局終了

 長かったルール説明もこの節で終わりである.と言っても,この要請で解説するべき難しい点は2だけだろう.

 劫以外での同型反復は,囲碁においてはほとんど見られない.もちろん,劫が複数箇所で発生することは考えられるが,多くの場合その劫を抜きあい続ける必要が生じる場面というのはほとんど考えられず,適宜劫を解消しあって終わることが多い.それでも,同型反復の状態を崩すと崩した側が大きく損をする状態というのはいくつか考えられる.ここでその全てを挙げることはしないが,いくつかその例を見ていこう.

 まず以下のような形を考えよう.これは「長生」と呼ばれる同型反復形である.

長生の形

この白を取れるようにするには,下図黒1と打つしかない(少し難しいが,確認してみてほしい).

白がこれを受けて自身の石が取られるのを回避するには,下図白2と打つしかない.

これに黒が対抗するには白2と突っ込んできた二つの白石を取るしかない.

この次黒に打たれると白は取られてしまうので,白は下図4と打たざるを得ない.

するとどうだろう.最初の形に戻っているではないか.もしこの白を取れるかどうかが勝敗に直結するような局面の場合,永遠に両者がこれを繰り返して勝負が終わることはない.この時無勝負となる.

 他には次のような形がある.これは「三劫」と呼ばれる形である.図は白番.

白は次黒に一手打たれると取られてしまう(この状態を「アタリ」と呼ぶ)ため,黒の一子(囲碁では石のことを「子」という単位で数える)を取るしかない.

すると今度は黒がアタリなので,劫にかからない白の一子を取るしかないだろう.

するとやはり白がアタリなので,もう一つの黒一子をとる.

これを繰り返していくと,最初の形にたどり着く.これに関しても,この争いの行方が勝敗にどうしても関わると両者が判断した時は無勝負となる.

 

 


終わりに

4.1 中国ルールについて

 この記事で紹介してきたルールは「日本ルール」と呼ばれるルールである.実は囲碁のルールは国によって微妙に異なっており,中でも中国で使われているルールと日本で使われているルールはかなり毛色が異なる.

 中国ルールの主な日本ルールとの相違点は,以下の通りである.

  • 地の定義を,「活き石とそれによって囲まれた点」とする
  • 同型反復全てが禁止されている

これによって作られる囲碁というゲームはほとんど日本ルールと同じだが,地の定義が変更されることで「自分の陣地の中に着手すること」が損ではなくなっている.それゆえ,日本ルールでの煩雑な生き死にの概念を導入することなく,「取られる石」「取られない石」の概念があれば十分となる.ここで,(これは完全に筆者の私見であるが)中国ルールと日本ルールの根本的な違いは「終局の作法」の違いにある.日本ルールでは,例え地を完全に囲えていなかったり,活き石と死に石が一見曖昧だったりするような状態で終局したとしても,どの石が生きていて,どの部分が地なのかを明確に区別することができるように設計されている.これは,中国ルール(やその他のもっと「簡潔」なルール)で発生する「お互いの地の中に手を入れ合う時間」をできる限り減らそうとして作られたものと言える.対して,中国ルールは「簡潔さ」を追求したもので,終局で揉めるのであれば対局を続行して揉めないところまで盤面を進めれば良い,という思想に基づいている.ルールの簡潔さや合理性で言えば中国ルールの方が明かに優れているが,ゲームのスピード感という点においては日本ルールに軍配が上がる(ここで詳しくは述べないが,真面目に中国ルールの方法で終局をすると(日本ルールに慣れたものからすると)かなり面倒くさい).

4.2 囲碁のさまざまな楽しみ方

 ここで述べてきた囲碁は,19×19の盤で行う最も一般的なものである.しかし,ここまで説明されているうちに気付いたかもしれないが,囲碁のルールは19×19の盤でのみ定義されるものではない.19×19以外で一般的なものといえば9×9や13×13であるが,それ以外の大きさや長方格子以外の格子,例えば三角格子などに対しても同様に適用することができるはずである.19×19がちょっと長くて大変だという人や,普通の囲碁に飽きてしまったという人はぜひ試していただきたい.スマホアプリでは,「囲碁エスト」というアプリが有名である(ステマではない).また,石の生き死にや囲碁での基本戦術を問題として解くという楽しみ方もかなりメジャーである.ぜひご自身に合った楽しみ方を見つけていただきたい.

*1:公益財団法人日本生産性本部. (2023).レジャー白書2023

*2:ここでは大体アマチュア初段ぐらいまでの人を想定している